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第一章〜日常の崩壊〜
5 fortune-telling
暗闇の中を照らした光
雪乃が私の全てだった
雪乃がいなければ、
私はどうなっていたのだろう・・・・・?
亜美は大きな邸宅の並ぶ道を歩き、1つの家の前で止まった。
それは周りの豪華な家と比べると小さく見えるものの、十分大きかった。
それが2人で暮らしているならなおの事。
しかしその分柱や壁などに細かい装飾が入っていて、どの家よりも趣味が良くみえる。
この家は、今は亡き養父が残してくれたものの1つだ。
4歳のとき自分達を拾ってくれた養父、雲宮総治は沢山のものを私達に残してくれた。
いや、残してくれるはずだった。
親を捨てたはずの息子が来るまでは・・・・・
しかし今はこの生活で十分だと思う。
自分がいて、雪乃がいて、お金があって、ちゃんと生活ができる。
他の人よりは大変かもしれないけれど、このままの生活が続いて欲しい、とふとそう思った。
料理の仕度を終え、あとは亜美の帰りを待つのみになった所で、
雪乃は2階の物置へと向かった。
乱雑に置かれている色々な物の中から迷うことなく一つの箱を取り出すと、
リビングの机まで持ってくる。
そして普段ネックレスに通して肌身離さず持ち歩いている小さな鍵を、その小さな箱の鍵穴に入れて右に2回まわす。
すると、カチッという音と共に蓋が開いた。
中を見ると、年代物の古いカードの束がある。背には月と太陽をモチーフにしたような紋章が描かれ、一目で高価なものとわかる。
雪乃はそれがあることを確認すると、一度祈るように目を伏せ、カードを机の上に出した。
丁度その時、玄関の扉についている鈴がなり、それに一拍遅れて、ただいまの声が聞こえた。
「おかえり亜美。お疲れ様」
リビングの中にいた雪乃がほのぼのと微笑む。
亜美も微笑み返すと、その時机の上に置かれたカードが視界に入った。
「・・・それどうしたの?一葉さんが鍵をかけてしまいこんだって言ってたよね?」
亜美は訝しげに眉をひそめた。
「鍵ならほら此処に。」そう言って雪乃が鍵を持ち上げると亜美はびっくりしている。
「一葉さんが亡くなる少し前に私に預けたの。自分の必要だと思う時に使えって」
養母の話を出して、少し寂しげに笑う。しかしそれは一瞬だった。
「なんとなく気が向いたから、いい機会だし、久しぶりに占いしようかなと思って。」
そう言って、雪乃は机の上に鍵を置き、カードを手に取った。
こうなったら雪乃に何を言っても無駄だと悟り、向かい側に座った。
そもそも雪乃がこのカードを取り上げられたのは、”あまりにも当たってしまう”からだ。
昔住んでいた本邸には総治さんが集めた大量の骨董品が置いてある部屋があった。
10歳の時、そこで遊んでいて、その部屋の奥の奥、それも隅にあったのを見つけたのは雪乃だった。
カードの装丁がとても細かくて綺麗で、総治さんにどうしてもとお願いして特別に貰ったのだ。
そのカードには様々な柄があって、古代のタロットカードというものに少し似ているようだが、
だいぶ違うらしい。柄については私では把握しきれなくて、全て知っているのは雪乃ぐらいなものじゃないかと思う。
それが占いのカードだとわかった後の雪乃はすごかった。
とりつかれたように一日中その占いについての本を読んで、分厚い本を1週間経たない内に全てを暗記し、
そして私や総治さん、一葉さん相手に何度も何度も占いをした。
奇妙に思い始めたのはそれから更に1週間した頃だった。
雪乃がした占い全て当たっているのだ。失くした物の場所やその日起こる出来事まで。
そしてそのことで12歳の時ある事件が起きた。その事件はすぐ解決したものの、
もう2度とこんなことが無いようにと一葉さんが箱に封印した。
それから6年経っているようには思えないほど、カードは雪乃の手の一部のように、
全くぎこちなさもなく捌かれていく。
「占うのは亜美の過去、現在、未来。」
目をとじ、神の託宣のように雪乃は言葉を舌にのせる。
そして目を開け円を描くようにカードの束を崩すと、その切れ目から右に数えて5枚目と9枚目を真ん中に、
左に数えて7枚目と8枚目を左に、左右の丁度真ん中にある2枚のカードを右に、重ねて置いた。
しかし何故雪乃は過去まで占うのか?現在と未来で十分なはずなのに・・・
そして左に置かれたカードから順に開いていく。
左のカードは死神の正位置と自己分裂の逆位置。
「亜美の過去は、死と隣り合わせで、その時記憶を失った。」
抑揚のない声で雪乃は告げる。
真ん中のカードは仮面の正位置と柵の逆位置。
「亜美の現在は、虚偽にまみれ偽りの姿のまま、危険の中にいる。」
その雪乃の顔に感情はない。
右のカードは神の正位置と混沌の正位置。
「亜美の未来は、神の如く力を得、混沌の中善にも悪にもなりえる。」そして雪乃は再び目を伏せる。
嫌な静寂に亜美が耐え切れなくなった頃、
ふうと雪乃は息をはいて目を開ける。
「ご飯にしようか」カードを片付けながら、先ほどとは違い表情豊かに雪乃は言った。
勿論亜美がいやだと言うはずも無く、「お腹減った」と亜美が言うと、雪乃は台所へと歩いていった。
そして一人になったリビングで、先程雪乃がした占いの結果を考える。
しかしどれだけ悩んでも、何もわかるはずもなく、次第に雪乃が占いをすると言い出した理由へと思考が移っていった。
それもすぐ後に雪乃が夕食を持ってくるのを見て中断されてしまったが・・・
しかし思えばその時から、いつもと変わらないようにご飯をたべている間も嫌な予感が消えることなく
頭の中で警鐘をならしていた気がする。
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2006/7/5 緑風花音