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第一章〜日常の崩壊〜
3 m.t.c
雲に隠れる月のように
それを見守る、愚かな人の群れのように
無力な貴方に哀れみをこめて・・・・・
空に青白く浮かび上がる満月。
その月明かりの下、屋根の上を疾風の如く一つの影が走っていく。
ヴェールのようなものをかぶり、体全身の服装を黒くコーディネートしたそ
の人影は、目を凝らさなければよく見えない。
ふいにある場所で止まると下を見下ろす。いや、見下す。
下には自分を追ってきた様子の警官隊がいた。
こんなに近くにいることにも気づかずに長官と思しき人物が何か怒鳴ってい
るのがわかる。なんとなく人影は手袋をはめた左手、正確にはその左手に
握られている首飾りに視線をずらす。これは今日盗りたてのものだ。傷一
つ付いていない、綺麗なダイヤモンドが月明かりに輝いている。その姿は
”天使の涙”という名にふさわしく、透明で澄み切っている。
「もうそろそろかな・・・」そう小さく呟くと、首飾りを持っていない右手で、
懐から一枚のカードを取り出す。そして下にいる警官隊の中心にいる人物
に向かって思い切り、勢いよく投げた。
「今日はやっぱり警官隊が多かったな。」
先程投げた方向に背を向ける。
「流石に三度目だからか?」
そして再び走り出す。最後まで油断は禁物だ。
「長官!3番隊見失いました!」
「2番隊もです!」
次々と、見失ったという報告ばかりが入り、長官の眉間に皺がよる。
周りの者達は、気が短い上司が今にも怒鳴りちらすように思え気が気でな
い様子である。
「貴様らは何をやって・・・・・」
ヒュッ
その言葉を遮るようにして、風きり音と共に長官の頬が切れる。
そして僅かに血が流れる。
「なっ・・・・・・」
その頬を切ったものを見ようと、地面に目を向けると、それは一枚のカード
だった。このカードと同じデザインの物を2度見たことがある。
『今宵も三つめの神の宝玉を頂いた
雲に隠れる月のように
それを見守る、愚かな人の群れのように
無力な貴方に哀れみをこめて・・・・・
m.t.C』
漆黒のカードに銀の文字で書かれたそれの意味は、よくわからない。
神の宝玉というものも不明である。ただ「m.t.C」というものには一つの憶測
がついていた。mとtについては今までの行動から、
Mysterious
Thief
そして、Cについては、雲、群集という意味の
Cloud・Crowd
だから人々はその盗人をこう呼んだ。
『怪盗クラウド』と・・・・・
「ぼさっとしてないで、早く見つけろ!!!」
警官隊長官の声が、静かな街に響いた。
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2005/2/10 緑風花音
