ディストラス公国の城の中でも最奥の塔の更に最上階に位置する部屋の中にいたのは、10月前に王妃となったアリアドーラ・ローラルド・レナ・セルト・ディストラスと侍女のキセラ・キアラルの二人のみであった。
いや、キセラの腕の中で静に寝息をたてている生まれたばかりの赤子、それも双子の兄妹がいるのも合わせれば4人だ。
「キセラ・・・レイティスと・・・ティアティスをよろしく・・・お願いしますね・・・。」
「お任せ下さいアリア様・・・この方達は我等兄妹が命に代えても守りましょう。」
「ありがとう・・・キセラ・・・・・。この子達に何かあったら本当にフィルト様に顔向けできないですから・・・。 再び会い見える事、・・・それにラッセルファントが復興することは叶わなくとも、元気に育ってくれればそれで十分だわ・・・。 でもこんなことを言ったら、皆は怒るかしら・・・・・?」
「アリア様・・・・・」
アリアドーラは彼女に弱弱しく微笑み、そしてドアを横目で見る。
「もう行って下さい、キセラ。シルクも待っているでしょう・・・?早くしなければもう夜が明けてしまうわ・・・」
「・・・わかりました。アリア様どうかお元気で・・・」
名残惜しそうに深く一礼して、キセラは静かに部屋をから出て、足音を立てないように慎重に階段を下りていった。


 「レイティス・・・ティアティス・・・セレア神様、どうか彼らにお導きを・・・・・」
アリアは彼と自分に瓜二つな子供達を思って一人呟いた。





 塔から出る扉をそっと開けて外を窺うと、満月の月明かりの下、普段塔を守っている数人の兵士が皆倒れていた。 血は流れていない所を見ると気絶しているだけのようだ。 視線を動かすと、その脇に一人、倒れている兵士と同じ鎧を来た男が立っていた。
「シルク兄上、大丈夫ですか?」
その姿を見てホッとして近づく。小声でさっと確認すると、大丈夫だよという言葉が返ってくる。
「急ごう。今日は月が明るい・・・」
そしてその場を立ち去ろうと、体の向きを変えたときだった。
「ルイン公子・・・」
「どうしたの?こんな、よるおそくに・・・?」
正面から、まだ幼い子供がゆっくりと歩いてくる。しかし真夜中の庭を歩いているというのは不自然だ。 月明かりの下でその赤い瞳が更に不気味に映った。
一方シルクは愕然としていた。国でも五指に入る剣の腕をもつ彼がまるでその気配に気づけなかったのだ。
「そのかかえてるのは何?」
「それは・・・」
そのままルインは彼女に近寄って首を傾げる。
「それはあかんぼうだよね?それもアリアドーラひめとラッセルファントのおうさまの。」
その言葉に驚いている二人を交互に見て、クスクス笑う。
「だいじょうぶだよ。あにうえにはまだ、いうつもりはないから。だからみせて?」
それは彼らに対する脅しだ。見せないとばらす、という。 彼を殺して口封じをする事はできたかもしれないが、更に面倒な事になってしまうため、彼らに拒否権は無かった。
「ふうん・・・ねぇこのこたちのなまえは?」
しゃがみこんだキセラの腕の中の赤子を見てそう問う。
「・・・銀の御髪のお方がレイティス様、金の御髪をお持ちになるのがティアティス様です。」
ふとティアティスが身じろぎをしてゆっくり目を開ける。綺麗な緑色の瞳がぱちぱちと瞬いた。
「そう。ティアティスひめね・・・。アリアひめにそっくりだ。」
ティアティスが起きた事でつられた様にしてレイティスが目を覚ます。


「やっと会えた、”ティアティス”・・・。」


ぼそりと呟いた後、口の端をあげた彼を双子はきょとんとして見ている。
しばらくルインはそのままティアティスを見ていたが、もう気が済んだのか彼は立ち上がった。
「おおきくなるのがたのしみだ。・・・いかないの? いまだったらたぶん、ちょうどだれもいないはずだよ。」
その言葉に二人は我に返ると、困惑したようにルインを見た。
「なに?だからいわないって。      。ただ2どめ、はないよ?」
ここでティアティスが殺されるのも、都合が悪い・・・と間に呟いたのは聞こえなかったようだ
二人は顔を見合わせた。
「ありがとうございました、ルイン様・・・」
それから二人は足早に去っていった。


「おれいをいわれるようなことはしてないけど・・・。


でもティアティス・・・今度こそお前をこの手に・・・」
残ったルインは闇の中で一人呟いた。







序章 はじまりの時







 東の空がようやく白んできた頃、鳥の声一つしない静寂の中、澄み切った空気を切る音と木剣が合わさる音が響きわたる。
それはしばらく同じくらいの間隔で連続して聞こえてきたが、金髪の小柄な少年・・・否、少年のような格好をした少女が思い切って相手の間合いへと踏み込んだ後、止まった。
少女の木剣は相手の心臓の位置に、相手の銀髪の少女のような顔をした少年の木剣は少女の首に、添えられていた。
「また相打ち・・・」
二人がどちらかともなく木剣を離すと、緊迫した空気は無くなる。 一息ついて少女、ティアは落胆した様子で呟いた。
「勝たれてたまるか。」
少年、レイスは瞬時に言い返す。
「でもティアさんもレイスさんも少しずつ進歩していますよ。」
二人の傍らで見守っていた男性はやわらかく笑って言った。
「まだまだ甘い所がありますが・・・。ティアは動きは良くなって来ましたが、もっと頭を使いなさい。相手をよく見て、体力や力においてはどうしてもレイスさんに劣るのですから、どうしたらより有利に持っていけるかを考えなさい。レイスはやるからにはもっと真面目にやりなさい。甘くみていると一本取られますよ。」
にっこりとしたまま彼、シルクは言うから余計に怖い。
二人は同時に顔を見合わせた。
「・・・やはりこういう反応を見ると双子だと実感しますね。何度も言うようですが、あなた達は今のままでも、並みの兵よりは必ず力があります。私が教える事のできる事は全て教えました。その身に見合わない力はその人を滅ぼすだけですが、きっとあなた達はきっと更に多くの力が必要となります。幸か不幸かその多くの力に見合うものをあなた達は持っている。」
そこで言葉を切ると、不思議そうな顔をしているティアと何かを考えながら遠くを見ているレイスを見て苦笑いをする。
「もうそろそろ朝ごはんですね。キセラを手伝いに行きましょうか。」
「はい」「わかった」
彼は双子が返事をしたのを確認して、三人一緒に家へと入って行った。







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2007/03/08 緑風 花音